「ジャニー喜多川さまの自滅、マリックさまの七転び八起き」

村西2

世の中にはどうしても好きになれない人間がいます。

手前どもも多くの人に、その人間の一人として見られているや、と思いますが、それはさておき、の話でございます。

東京都の舛添知事でございます。

なんともこの男の狡猾な顔が好きになれません。

余程の人間でも嫌いになることはないのでございますが、この男だけは駄目なのでございます。

この大将のこれまでの足跡は毒蛇のように邪悪に感じられます。

だからこの爬虫類の親玉のような顔をテレビで見る度に虫唾が走るのです。

この男はかつて東大の先生時代、テレビの農業問題の討論会の時に「日本はコメが高いんだから、日本酒でもなんでもアメリカに作ってもらえばいい、そうしたら日本酒も安くなる筈だ」といったことをホザいたのでございます。

このコモドドラゴン顔は土地ごとのコメの違いとか、気候次第で麹が変わってしまうことに全く考えが及ばず、まるで工業製品と同じ感覚で能書きを言っているのでございました。

この男の身上は、ただ向こう受けすることを口から出まかせで言うところでございます。

こんな調子で東京都知事までのぼり詰めたところに日本の政治の貧困が見えるのでございます。

先頃の国立競技場の問題や東京オリンピックの予算に関することでも、後出しジャンケンで、自分だけに正義があるようなことを吠えているのでございますが、チャンチャラ可笑しい、とはこのことでございます。

お前さんが東京オリンピック招致の当事者本人ではないか、ということでございます。

東京都の知事という責任ある立場にいながら、得点は自分のもの、過失は他人のせい、という魂胆が見え見えでございます。

五郎丸選手が大切にしている言葉に「日々の努力、夢への近道」というものがあります。

このハッタリ男は最もスポーツマンシップに反する「日々の努力に遠く、夢への近道だけを考える」スレッカラシでございます。

60歳を過ぎたら男は自分の顔に責任を持て、といいます。

その人間性の浅ましさが、顔に出るから気をつけろ、ということでございます。

そうした意味で、人相だけで人に嫌悪感を与える人間としては麻原彰晃以上のものがあるのではないでしょうか。

お正月になると思い出す人がいます。

母方の祖母です。96歳で40年前に亡くなりました。

その頃は母との間に諍いがあって10年程、家に帰っていませんでした。

音信不通のままの家出状態でしたので、祖母にも何の連絡もとっていませんでした。

幼い頃は両親は共働きで忙しく、日中の家には姉2人と手前どもだけでした。

2世帯住宅になっていて、「婆ちゃん子」だった手前どもは学校から帰ると祖母の所にいの一番に顔を出し、おやつをねだっては甘えていました。

小学6年生になった頃、家の中で畳の上でゴロゴロしていると、急に下腹部が今までにない高揚した気持ちに襲われました。

と突然何か、チ〇ポの先から出てきたのです。

触って見るとトロリとした糊のような感触です。

病気だ、と直感しました。それも何か命にかかわるような大変な病気にかかっている、と気が動転しました。

驚いて隣の家にいる祖母の所まで駆け込みました。

「婆ちゃん、オレ、死んじゃうよ、どうしよう」、と泣き崩れました。

祖母は驚きつつも「どうしたんだ」と顔を覗き込んで、優しく涙を拭ってくれました。

「チ〇ポから糊みたいなのが突然出てきたんだよ、どうしよう、婆ちゃん、死んじゃうよ」と駄々っ子、でございます。

なにしろ福島県の田舎町のことです。

なにぶんにも満足な性教育などほどこされていない時代、でございます。

夢精で出た精液を、病気のせいと思い込んでしまったのでございます。

「糊みたいなのが、チ〇ポから…」と聞いて祖母は事態を飲み込んだようでしたが、そこは明治生まれの日本の古い女性、でございます。

あからさまに「それは精液だよ」などと言える筈もなく、思案した表情を見せて「母ちゃんが来たら医者に行くかどうか相談してみろ」と優しく髪を撫でてくれたのでございます。

共稼ぎのせいで母が帰宅したのは、大分日が暮れてからのことでございます。

母親に「チ〇ポから糊が…」と言いましたら、「父ちゃんに聞いてみろ」とタライ回しでございます。

父親が帰ってきたのは夜も更けてからの頃でございました。

「父ちゃん、チ〇ポの先から糊が…」と父親に訴えましたら、「そうか、大丈夫だ、心配すんな、父ちゃんがついてる」と抱きしめられたのでございました。

今となってはまったく以て、恥しき思い出、でございますが、事ほど左様に祖母を慕っておりました。

あれは高校1年の正月と記憶しております。

祖母にお年玉を貰いました。その頃は少し大人になっていた手前どもが、祖母に向かって「婆ちゃん、オレが働くようになって給料を貰ったら、何かプレゼントしてあげるよ、何がいい?」と尋ねました。

祖母は少し考えてから「指輪がいいな」と小さな声でポツリと言いました。

「どんな指輪がいいの?」と言いますと、「指輪ならどんな指輪でもいい、婆ちゃんは生まれて一度も指輪をしたことが無いんだよ」と遠くを見るような目でした。

社会に出てからこの約束を果たすことはできませんでした。

前述したように10年近く、音信不通の時代があったせいです。

祖母が亡くなって3年程して、母と仲直りして福島の実家に戻りました。

その時はじめて、3年前に祖母が死んだことを母から聞かされたのです。

また、終戦の年の昭和20年1月2日に特攻で台湾海峡に散った祖母の一人息子の遺族年金が手つかずに残っていることを知りました。

手前どもが高校を卒業してから毎日のように「孫は何処に行ってしまったんだっぺか」と心配してくれていたとのことです。

「もし福島に返ってくる電車賃がないようだったり、生活に苦しいようだったらこの金を送ってやれ」と特攻に散った一人息子の遺族年金が入っている郵便局の通帳を母に託したとのことでした。

通帳を開いてみるとかなりの金額が記帳されて遺されていました。

「婆ちゃん、なんで指輪を買わなかったんだ」と仏壇に飾られている祖母の遺影の前で立ち尽くした、祖母不幸の手前どもでございます。

ジャニーズ紅白歌合戦を見ました。

史上最低の視聴率を記録しております。その原因はなんであったのでありましょうか。

本来ならば皆さまのNHKが主催する国民の紅白歌合戦でございますのに、いつの間にやらジャニーズ事務所が主催する紅白歌合戦に衣替えをしていたのでございます。

職員の中から多くの変態性犯罪者を出している、別名「日本(N)変態(H)協会(K)」の異名をとるNHKが、同じく「少年を無理矢理凌辱する変態野郎」のジャニー喜多川さまとタッグを組んだ「紙芝居」でございます。

が…

この続きは「まぐまぐ!」でお読みください...
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