「月刊WiLLについて花田紀凱編集長の削除されたブログ、羊さまが酒場のトイレでシたこと」

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花田編集長がヤフーブログに書かれた月刊WiLLの編集長辞任の顛末を記した文章がどういう配慮からか削除されました。

花田編集長を貶めようとする勢力によって表現活動がままならなくなっています。

花田編集長を敬愛する手前どもにとって看過できない事態です。

よってこのブログに全文を転載いたします。

原文で最後に600字ほどの激烈な文章が綴られていました。

「武士の情けで削除する」という花田編集長の意向でございますので、売られた喧嘩は買う、主義の手前どもは不本意でございますが、この度はその部分の掲載は見送ってご紹介いたします。

 


 

『週刊新潮』(3月31日号)のワイド特集で『WiLL』集団移籍の件が取り上げられた。入社3年目という若い記者が日曜夜、トツゼン自宅に来た。

きちんと説明したつもりだが、〈にわかに信じ難い説明〉と書かれ、ワック関係者なる人物のデタラメな話を長々と書き連ねている。

〈「社長が年齢も考慮して花田さんに『一線を退いて編集主幹の肩書では』と打診したところ、あくまで現場にこだわる彼が怒り出してしまった結果、こうなったのです」〉

これなど全く逆の話だ。

「このまま黙っていたら、南京大虐殺と同じことになる。きちんと発信した方がいい」

大先輩にこうアドバイスされたのでこの際、この移籍劇の真実を書いておくことにする。

始まりは2015年8月26日。

鈴木社長が、突然こんなことを言い出した。

「ハナダさんが私のストレスになっているので、ハナダチルドレン、部員と一緒にどこか別の出版社で『WiLL』をやって下さい。なんならMさん(広告担当)も連れて出て下さい」

ハッキリとは言わなかったが、自分がガンになったのもハナダストレスのせいだということまでニオわせた。

青天の霹靂とはこういうことを言うのだろう。

しかし、突然、そんなことを言われても、また何かが原因で鈴木社長の気持ちが高ぶってそんなことを口にしたのだろうと思い、本気にはしないで放っておいた。

というのも2014年11月頃から、鈴木社長の物忘れがひどくなり、アポイントの時間を忘れたり、相手を思い出せないことが頻発、女性社員たちも困っていた。同時に気持ちの揺れが激しく、判断がおかしいというケースが何度もあったからだ。

以前から、鈴木社長が突然、キレて大声で社員を怒鳴りつけるなんてことはしょっ中だった。

出版部長のMさんなど、若い部員のいる前で「オマエ」呼ばわりで、怒鳴りつけ、Mさんもよく我慢しているなとハラハラして見ていた。周りの全員が朝から嫌ーな気持ちになったものだ。

こんなことがあった。

2014年の秋、営業の手が足りないというので、当時営業部長だったSさんが知人のK女史という中年女性をつれてきて、鈴木社長は入社させた。

たしかに能力はあったのだろう。鈴木社長はK女史をいたく気に入り、毎晩のように食事に連れ歩き、休日にはゴルフにも同行させていた。これについて鈴木社長は後に「Sとも2人で食事に行っている」と弁明していたが当時、社内ではK女史に対する社長の気に入り様は誰の目にも明らかだった。

若い部員たちに「4度目の結婚があるかもしれない」とほのめかしていたと後に聞いた。

営業部長のSさんが、ある日、大阪に出張した。するとSさんがいない間に、K女史を部長席に、Sさんは部員と並ぶ席に変えられた。Sさんは知人のK女史を連れてきたばかりに、K女史にその地位を奪われたことになった。

出張から戻って、自分とK女史の席が変わっていることを知った時のSさんの驚いた表情を今も忘れられない。

そして、ある日、入社してまだ2ヵ月ほどのK女史を専務とした。むろん誰にも相談などしない。鈴木社長の独断である。

K女史がいかに優秀かを鈴木社長から散々聞かされた。

しばらくして営業部長だったSさんは退社した。そりゃそうだろう。あんな仕打ちを受けたら、まともな神経の人物なら会社にいられまい。

それから間もない2014年11月鈴木社長のガンが発見された。12月初め慶應病院に入院。手術すると声帯を失う恐れがあるということで抗がん剤と放射線で治療することになった。

その頃から、鈴木社長の猜疑心が異常に強くなり、K女史との間で何があったのかは知らないが、自宅を調べさせたりした。その手先となったのが営業部のMで、MはわざわざK女史の自宅の表札の写真まで撮ってきた(後にぼく自身が鈴木社長からその写真を見せられた)。

それから間もなく、K女史は解雇された。いきなりクビである。

K女史から「どうしたらいいか」と相談を受け、一度、外で話を聞いたが、ぼくにはどうする術もなかった。

それでも一度、鈴木社長に言ったことがある。あれだけ能力をかっていたK女史を何で突然クビにするのか。

「社員の誰もが社長との関係を疑ってますよ」

そう言うと鈴木社長は、独身だと嘘をついていた。若い女性社員をリードして反乱しようとしている、連判状を書かせているなどとK女史を批難した。

その後も鈴木社長の言動はどんどんおかしくなっていく。

ぼくと鈴木社長は毎週、月曜の一時に打ち合わせをすることになっていた。

その打ち合わせで、ぼくは何度か鈴木社長にこう言っていた。

「鈴木さんにもし万一のことがあれば、私は雑誌の編集こそできるが、経営能力は全くない。立林クンもないでしょう。そうなったら会社がおかしくなり、三十人近くいる社員たちは露頭に迷うことになる。今、鈴木さんがやるべきことは、誰か鈴木さんの信頼できる人物で、経営のことがわかる人を顧問でもいいし、役員でもいいから入れておくことじゃないですか。一度、引退した人でもいいじゃないですか。鈴木さんが信頼できる人物で、そういう人がいるでしょう」

鈴木社長はそれについては一度も答えなかった。むろん行動に移しもしない。

その頃、鈴木社長はしきりに銀行関係者を社に呼んで帳簿をチェックさせたりしていた。経理担当者の話によると会社の評価などをさせていたようだが、ぼくには何の相談もなかったので詳細は知らない。

後で考えればこういうことが鈴木社長の言う「ストレス」だったのかもしれない。

11月初め、鈴木社長はまた8月26日と同じことをぼくに言った。

今年中に行き先を決めて、部員ともども出て行ってくれ。来年4月までに『WiLL』編集部は他社に移行してくれ。

そこまで言われては考えざるを得ない。

結局、旧知の飛鳥新社、土井尚道社長が引き受けてくれることになった。

11月7日、飛鳥新社という名前は伏せたが、鈴木社長に某出版社が引き受けてくれることになったと伝えた。

すると、突然、鈴木社長がこう言い出した。

「ハナダさんも、相手の社長もビジネス感覚がないね。私は何もタダで『WiLL』を譲るなんて言ってないよ」

「エッ? だって鈴木さんは編集部員を連れて出てってくれと言ったでしょ」

「タダなんて言ってない!」

押し問答の末、

「じゃ、いくらで売るんですか」

「5億円だ! ビタ一文まけられない」

この出版大不況下で、5億円も出す出版社があるわけがない。そう言っても、鈴木社長はがんとして5億円を言い張っていた。

この頃から鈴木社長の言動はますますおかしくなっていく。

何か話をしていて、反論すると、すぐにキレて怒鳴り出す。これはぼくとの話だけでなく社員が何人も怒鳴りつけられ、それは狭い社長室かから外にも聞こえた。

前に言ったことをすぐに忘れる。こう言ったでしょ、と言うと「そんなことは聞いてない!」と激高する。言った言わないの水掛け論になるばかりで、鈴木社長との話し合いは実に消耗した。

この間の鈴木社長の社員に対する呆れた言動については次回に詳しく書く。

以上がこの1年半、WACという小さな会社で起こったことである。

前段でも書いたことだが、ぼくは今でも鈴木社長には恩義を感じている。編集者として最後の舞台をつくってくれたのは鈴木社長だからだ。

この11年、お互いよく頑張ってきたと思う。営業(広告)と編集の分業で、11年かかって『WiLL』はここまで来た。出版界でも一応の存在感を示すまでになった。

たまたま鈴木社長ががんになったことは不運だったというしかない。しかし、ぼくより多少、若いとはいえ、鈴木社長もそれなりの齢なのだから、もう少し覚悟をもって身を処してほしかった。

ぼくがこの話をした時、ある著名な女性評論家はひと言、こう言っていた。

「ハナダさん、人間って弱いものね」

この言葉に尽きる。

 


 

 

矢口真理さまがご出演なさった日清のカップ麺のCMが、突然打ち切りになりました。

一部からクレームがあったから、がその理由でございます。

何にでもクレームをつけたがる暇人がいます。そうした暇人が大騒ぎをしてクレームの電話をメーカーやTV局に入れるのでございます。

嫌なら見なきゃいいのに、食べなきゃいいのに、でございますのに、人の揚げ足を取らなければ気がおさまらない悲しい人たちでございます。

何をやっても批判する人は存在します。万人が賛成する、ことなどこの世に存在しません。

そんなクレーマーに一喜一憂してCM放送を自粛するなんて、なんたる意気地なしでございましょう。

この頃はコンプライアンスとやらの「寄らば大樹」を気にするあまり、見苦しいほどにTV局は萎縮しすぎてございます。もう少し自然にユーモアの世界で遊ばれる横綱相撲での余裕を願いたいものです。

一度失敗した人間を完膚無きまでに袋叩きにしなければおさまらない、という昨今の風潮は嘆かわしいものでございます。

人は失敗しながら大きく成長するのはチ〇ポに限ったことではありません。

失敗を認めない、許さないということは人間の成長を認めない、ということです。

失敗したからあの成功がある、は「99%は努力であとの1%は運である」と語った天才発明家の言葉の通りです。

自分の失敗は口を拭って知らんぷりなクセに、他人の失敗だけは口を極めて罵る、といったエゴイストが多すぎでございます。

一度や二度失敗したからといって、めげずに頑張ろうとする人たちに寛容な社会であって欲しい、と願う前科7犯の手前どもの今日この頃でございます。

まったくもってどうにかならないか、と無念でならないことがありました。

バドミントンの桃田選手です。

違法のカジノ店で遊び50万円をスったことが発覚して、リオ五輪への出場資格を剥奪されました。

弱冠21歳の将来ある青年です。リオ五輪に出場していたならばメダルを確実視されていたバドミントン界の期待の星です。

ああ、それなのに、それなのに、無情にもリオ五輪行きは露と消えたのでございました。

一罰百戒という目論見でもあったでしょうが、この汚名はリオ五輪で晴らせ、と特別な温情をもっての計らいがあって然るべきではなかったか、と残念に思われるのでございます。

桃田選手はまだ21歳の未熟者でございます。

パチンコや競馬をやるような軽い気分で闇カジノに行ったに違いありません。悪意のないウッカリの過失です。

競輪競馬を許しているんだから、そこまでイジメなくてもいいんじゃないか、でございます。

捲土重来を期して再び4年後の東京オリンピックでメダルに挑戦することも可能でございましょうが、それにしても、でございます。

リオ五輪、なんとかならないか、は国民皆の思いではないでしょうか。

もう1人、国民がこぞってなんとかならないか、と無念に思われてならない人物が登場しました…

この続きは「まぐまぐ!」でお読みください...
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