「人間は誰でも死なない、ウルトラマンでございます」

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友人のアンディ松本氏が書いた「勝新秘録 わが師、わがオヤジ勝新太郎」が、この度、イースト・プレス社から発売となりました。
 
折しもこの6月に勝新太郎没後20年を迎えています。
 
アンディ松本氏はとは35年来のお付き合いです。共通の知人の紹介で知り合い、その頃、松本氏がマネージャーをしていた勝新太郎さまにもご紹介いただきました。
 
勝新さまには、六本木にあった勝プロの事務所や、行きつけの赤坂の「砂場」でお話を賜ったことがございます。
 
その折での出来事はこのブログでも以前書かせていただきました。
 
改めて勝新さまの印象を申し上げれば、アンディ松本氏も書かれているように、「奥村利夫」という人物が生涯かけて演じた「勝新太郎」という類まれなる「役者」でした。
 
役者というと語弊があるかもしれませんが、会って話をする相手に対しては勝新太郎を即興で演じて飽きさせず、魅了して止まないサービス精神の持ち主であった、ということです。
 
そのサービス精神は決して気まぐれなものではなく、目の前にいる人間を映画館や劇場にやってきた観客と見立てて全力投球で「勝新太郎」を演じてくださっていたのでした。
 
手前どもが自分より齢の若い男だからといって、手を抜くようなことは全くありませんでした。
 
誰に対しても分け隔てなく等しく礼節をもって接する姿勢の大切さは、後年、ある手前どもが体験することになった出来事で思い知らされることとなりました。
 
手前どもの年齢が50を超えた頃でした。
 
5、6人の仕事仲間を集ってミーティングをしていました。
 
内容は新しく市場に出した、その頃ではまだ珍しかった片面2層の4時間16分の手前どもが監督、制作したAV大作のDVDをいかに販売するか、の会議でした。
 
中に20代の若者がいました。
 
その他の人間は30代から40代、そして50代と、その若者より全員が年上でした。
 
彼等にAVビデオの販売に関してはスペシャリストで、独自の販売ルートを持つベテランばかりでした。
 
20代の若者だけが、そうしたAVビデオの販売ルートは持っておりませんでした。
 
取次5社といわれる本の流通問屋の一営業社員にすぎなかったのです。
 
そんな彼が何故ミーティングに参加していたのかというと、彼は新しく設立したDVD販売会社に、20%の株に相当する1000万円を出資していたからです。
 
その他の人間も同じ程度のお金を出資していたので、いわば皆、平等という立場でした。
 
手前どもがミーティングの最中に、その青年の名前の頭文字だけをとって「〇〇ちゃん」と呼びかけました。
 
悪気などはなく、親しみを込めて「〇〇ちゃん」と呼んだつもりでした。
 
しかし、青年の受け止め方は違っていました。サッと顔色が変わるのが分かりました。
 
青年は手前どもを毅然として見つめながら「監督、あんた俺のことを〇〇ちゃん、なんて気安く呼んでいるけど、どういうつもりなの?俺も皆と同じ金額を出資しているんだよ、あんたに〇〇ちゃんなんて馬鹿にされるいわれはない筈だよ」と言い放ったのです。
 
青年は憤怒の感情をムキ出しにしていました。
 
手前どもは思わぬ反撃に狼狽えました。しかし、言われてみれば「非」は自分にありました。
 
同じ共同の出資者でありながら、手前どもが一番の年長者であることをいいことに、青年を軽く見ていた節がなかったといえばウソになります。
 
青年は、その侮りを敏感に感じ取って、手前どもに抗議をしてきたのでした。
 
不明をその場ですぐに詫びました。
 
失礼なことを言ってしまって申し訳ない、ごめんなさい、許してください、と素直に頭を下げたのです。
 
青年は「分かってくれればいいですよ。僕は馬鹿にされてまで監督と一緒に仕事をしたくなかっただけです」と怒りをおさめ、気を取り直してくれました。
 
その後のAVのDVD販売では、この青年の書店ルートが大活躍し、これまで映像ソフトとは無縁だった全国約1000店舗の書店にDVDの委託販売のネットワークを築くことができたのです。
 
結果、従来のビデオレンタル店やビデオ販売店を凌ぐ、第三の販売網を築くことができ、AVのDVD販売と普及に大きな力となったのです。
 
その後、青年に対して自分が取った行動を、ことある毎に何度も反省しました。
 
青年からのお叱りを思い出すたびに「勝新太郎」が自分より一回りも齢の若い手前どもに対しても、手を抜くことなく熱く語り続けてくださった姿を思い浮かべるのです。
 
この青年との件があってからその後、手前どもは齢の離れた若い人間と会話をする時も、誰彼と分け隔てなく情熱を持って語ることを心掛けるようになりました。
 
時に熱を入れすぎて、話が3時間、4時間に及ぶことがあります。
 
スタッフからは「いい加減に要点だけを話すようにしてください」と叱られることになるのですがもはや習い性となって、どうにも手を抜くことができないのです。
 
手を抜かずに人に話をする、という手前どものスタイルは、場合によっては相手に有難迷惑となることも多々あるのかもしれませんが、こればっかりは、もはや変えることのできない「生き方」となっています。
 
これから先、手前どもと話をする機会を持つやもしれぬ関係者の皆さまには、前もってお詫びとともにお断り申し上げる次第でございます。
 
古来より、戦いに敗れし将は…
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