「浜崎あゆみさまから倉木麻衣さまへのオマージュ」

新宿2丁目から歩いて3分ほどの場所に事務所があります。
 
正確には事務所の入っているビル、というのが正しいのですが、近くにホモの聖地といわれる2丁目があるせいで、その手の性癖を持つ人たちをよくお見かけすることがあります。
 
その手の性癖を持つ人たち、と申し上げるのは男性と申し上げていいのか、女性と言うべきなのか判別が難しいからでございます。
 
2丁目には珍しい清純な女性が歩いている、と目を凝らしてみると女装した男性であったり、随分とスタイルがいい女性が前を歩いている、と足を速めて追い抜いてみると、メイクを施したオカマ氏であったりします。
 
行き交う女性の魅力に胸をトキメかせることが生き甲斐となっていますが、この2丁目に来ると用心をしてヘタに目を泳がせ女性の姿を追うのを止めにしています。
 
向こうからこちらに向かって歩いて来た姿見の美しい女性に欲情して色目を使ったら、実は男性だったということが幾度もあったのです。
 
その時のバツの悪さと相手のオカマ氏の勝ち誇った顔を思い浮かべると、あんな軽蔑をもう二度と受けたくないと、事務所近辺ではモノを見てモノを見ず、の禅師のような無心の境地になることを心がけています。
 
2丁目のメイン通りを挟んで、2、3軒のポルノショップがあります。
 
深夜まで店の灯りが絶えることなく、店内に客の姿が絶えることはありません。お店には日本人ばかりではなく、外国人男性の姿も珍しくありません。
 
2丁目はその手の愛好者にとってはメッカの巡礼のごとき、「聖地」ならぬ「性地」となっていて、訪れる外国人の姿も多くなりました。
 
夜になるとスタンドバーから溢れ出た「性地巡礼者」で歩道は大変な賑わいを見せています。
 
40年ほど前、ビニ本時代にこの地でビニ本店を開いていたことがありました。
 
訪れるお客さまは男色愛好者ばかりでございましたので、お買い上げいただく「裏本」も一般のお客とは趣向が違っていました。
 
写真に写っている女性器などには目もくれず、ひたすら男性器が写っている物を買い求められるのでした。
 
しかし当時は男色愛好者用のビニ本は全くといっていいほどありませんでしたので、男根を求められてのお客は、「まあ、このオ〇ンコ、なんて汚らしいの、いやらしいったらありゃしない」と散々文句を言いながらも買い求めていかれました。
 
半年ほどでお店を閉めることとなったのでしたが、店じまいの原因は、儲からないことよりも愛好者たちの注文の多さに辟易したから、というのが真相でございます。
 
買いもしないのに店にやってきては、口うるさく文句をつけ、アレを見せろ、コレを見せろと注文をつけ、目の保養だけをする「ひやかし」客が多すぎたのでございます。
 
自分の美意識にこだわる、と申しましょうか、彼ら、と言いましょうか、彼女ら、と言いましょうか、とにかくお客の男根へのこだわりはハンパでなく、妥協を許さないのでございました。
 
ビニ本は男根ではなく、女性器を売りモノとしている本でございます。
 
女性器が写っていれば男性器はどうでもいいのでございましたが、2丁目では違いました。
 
こちらは魚屋を開いているつもりなのに、お客は肉を買いに来ているような状況ですから、どこまでいっても平行線だったのでございます。
 
同じ身の下商売とは言いながらも、こんなにも水と油の世界があることを嫌というほど思い知らされたのです。
 
東京には23区があり、色々な街があります。
 
高校を卒業し、福島の田舎から出てきて50年、そのうち7年ほどの北海道生活を除いては東京暮らしを続けてきました。
 
池袋、渋谷、六本木、参宮橋、田園調布、代々木上原、目黒、と移り住みましたが、何故か気がつけば、この新宿に一番長く住んでいます。
 
新宿という混沌とした街が自分の肌に合っている気がして離れられないのです。
 
2丁目と言えば、最初にその存在を知られたのは、沖雅也さまが新宿京王プラザホテルの屋上から飛び降り自殺をした時でした。
 
沖雅也さまが飛び降り自殺を果たしたホテルの部屋に、「おやじ、涅槃で待つ」と書かれた遺書が残されていました。
 
戸籍上で父となっていた、「愛人」の日影忠男さま宛て、でございます。
 
「男と男」の関係になって、結婚を望むようになると養子縁組みをしてどちらかの性を名乗るのが、ホモセクシュアルな関係の間での「流儀」とされています。
 
その「流儀」に則り、沖雅也さまは日影忠男さまの戸籍上の「息子」となっていたのでした。
 
日影さまは2丁目でバーを営んでいました。そのことから沖雅也さまと義父の日影さまとのただならぬ関係がマスコミを騒がせたのです。
 
日影さまのもとには生前、沖雅也さまが入っていた高額の生命保険が残されたといいます。その高額な生命保険を手にして、日影さまは2丁目から脱出し、悠々自適な生活を送られました。
 
そんな時、ロケで行ったフィリピン、マニラの夜の街で日影さまとバッタリ出会いました。ロケに同行していた黒木香さまや数名のスタッフも一緒でした。
 
日影さまとは以前、雑誌の対談でお話をしたことがあります。顔見知りでした。偶然の異国での再会に驚きました。
 
日影さまは「監督…

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