「忘れえぬあの女性のこと」

子供の頃、相撲は人気のスポーツでした。銭湯のテレビで放映される相撲中継に人だかりができて、”おらが故郷の相撲取り”に熱い声援を送っていました。

手前どもの故郷の福島県には、当時、時津山と安念山という幕内の相撲取りがいました。

特に時津山は地元浜通りの出身ということで、応援に熱が入ったものです。栃錦、若乃花の「栃若」時代が一世を風靡していましたが、それ以上に地元では時津山に相撲熱を上げていたのです。

郷土の英雄の活躍に一喜一憂していたあの頃を懐かしく思い出します。

野球以上に人気のスポーツが相撲でした。小学校の校庭に砂場がありましたが、お昼の休み時間になると砂場が土俵にかわって、クラスメイトたちと昼休み恒例となった相撲を取り、熱戦を繰り広げました。

小学校5年生の時です。同級生の誰彼を次から次へと投げ倒し、12連勝したことがあります。

それまで苦手としていた2人の強敵も、その時は難なく砂場の土俵の上に転がしたのです。

同級生たちはまるで相撲の神様が降りてきたかのように突然無敵の強さを発揮した手前どもを驚愕の目で見ていました。

これまで5番や6番を勝ち続けることがあっても、12番もの相撲を連続で勝ち続ける人間が誰もいなかったからです。

誰よりも驚いたのは、手前ども自身でした。相手にする同級生を、面白いほどに次々と砂の上の土俵に砂まみれとなって倒したからです。

自分になにが宿ったのか、と不思議に思いました。俗に、ランナーズハイという言葉があります。マラソンランナーが30キロまでは苦しい走りをしていてもそれを超えると急に体が楽になり、全身が軽くなる現象を言うのですが、まさにあの時の手前どもはランナーズハイとなっていた気がします。

今でも鮮明にその時のことを覚えているほどに、あの12人抜きは自分にとって忘れることのできない人生の痛快事でした。

13人目の相手となったのは、その頃最大の好敵手だった船井君です。

5番目に一度対戦し、上手投げで投げ飛ばしていました。今度も、と、ガップリ4つに組み合って投げ飛ばそうとしましたが、船井君の逆襲にあい、投げ飛ばされて負けてしまいました。

勇戦して胸を張る船井君を横目で睨みながら、なぜか連勝がストップしたことに安堵していました。

実のところは勝ち続けている自分に怖さを感じていたからです。勝ちに不思議の勝ちはなし、負けに不思議の負けはなしと言いますが、今でもなぜあの時に好敵手の同級生相手に12連勝もすることができたのか、不思議でなりません。

世の中には不思議な勝ちというものがある、の貴重な経験となりました。

それは運の良さ、といったものとは違う、人間には突然ありえないような力を授かることがある、という、合理的には割り切れない霊的な世界に触れたことのような気がします。

なんでも科学的に解明することが習い性となっている日本人には、神がかりな事象を話すと、「何をタワゴトを」と一笑に付されることになります。

しかしそれでいて新年が来ると一家総出で神社仏閣に参り、一年の武運長久を祈る習慣をかかすことがありません。

そればかりか日常生活でも神社仏閣の前を通ると深く頭(こうべ)を垂れて祈る因習から離れることがないのです。

科学では解明できず、言語では語ることのできない世界が存在することを日本人は知っています。

それが「モノのおそれ」となって日本人の世界に類まれなる豊かな感受性の精神世界を構築しています。

神が突然空から舞い降りてきたような瞬間に出会うのは誰しものことですが、たった一度の奇跡のような出来事を引きずったせいで不幸な人生を歩んでいる人たちがいます。

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