「渡哲也さまと吉永小百合さまの「恋の真相」」

 

先週、芸能評論家として知られた須藤甚一郎さまがお亡くなりになられました。
 
生前、芸能レポーターとして第一線でご活躍されておられた時に、あるスキャンダルの渦中の人となった芸能人にマイクを向けられました。
 
するとその芸能人は「お前らはウンコにたかるハエだ」と、取り囲む芸能記者に向かい悪態をつきました。
 
須藤レポーターは「ならばあんたはウンコなのか」と言い返したのです。
 
今どきの芸能記者には見ることのできない気骨ある人物だったのです。
 
須藤さまとは過ぐる40年ほど前、手前どもが新英出版という出版社を立ち上げ「にっぽんの親父、おふくろ」という単行本を出す折に、取材を担当する記者としてお近づきになりました。
 
「ビートたけし、黒柳徹子、森光子、松田聖子、都はるみ」といった日本を代表する芸能人に「我が母、父の思い出を語ってもらう」との企画でした。
 
その際に編集を担当していただいた、伝説の芸能記者といわれる加東康一さまに須藤さまをご紹介いただいたのです。
 
芸能界のトップクラスの芸能人と加東先生は交友を持っていました。
 
それは単に取材記者という立場を超えて、それぞれの芸能人と深い関わりを結んでいたのです。
 
取材をしても本人が都合の悪いことは書かない、というルールを守り、芸能人というより人間と人間との厚い絆で結ばれていた人たちばかりでした。
 
加東先生のお話なら、と二つ返事で大物芸能人が続々と取材を受けることを了解してくださいました。
 
その取材を実際に行ったのが須藤さまでした。
 
須藤さまが取材されてきた原稿をもとに、加東先生がアンカーとして筆を入れて仕上がったのが、前述した「にっぽんの親父、おふくろ」の2冊の本でした。
 
男性が母親を語り、女性が父親を語るという趣向の企画でしたが、それぞれが両親への熱い思い出を語り、実に出色の出来栄えの本となったのです。
 
あの頃は日本でもまだ活字離れが起きておらず、初版で4万~5万冊は平気で印刷しておりました。
 
本来ならばこの「にっぽんの親父、おふくろ」の単行本も初版4万~5万部を刷り、ミリオンセラーとなることも不可能ではない企画でしたが、残念なことにそれほどの大ヒットとなることが叶わずに終わりました。
 
そのころ手前どもは、ドンキホーテよろしく、東販日販の只今の本の流通機構を完全に無視して、独自に直接書店と販売契約を結んで本の販売に挑戦していたからです。
 
そのために、フォーカス、フライデーに負けじと「スクランブル」なる写真誌も発売いたしました。
 
梶原一騎先生のご承諾を得て、人気絶頂だった「タイガーマスク自伝」や…

 

 

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