「三島由紀夫さまに会えたことが…」

 

【大阪/京都 会場&オンライン・DVD発売記念トークイベント】
12月5日(土)
■14時 枚方蔦屋書店 会場&オンライン

ご予約は https://store.tsite.jp/hirakata/event/video/16496-1720381014.html

 
■19時 京都岡崎蔦屋書店 会場のみ
 
 
【トークライブ/東京】
12月12日(土)
■17時30分 浅草花劇場 片岡鶴太郎の「鶴やしき」 冬だ!師走だ!しわ坊主! 
 全席指定7000円

 

   ライブ配信3000円 

   ご予約 https://eplus.jp/tsurutaro-st/      

   ※12月13日(日) 17:30まで視聴可能                            

 
 
 
先週土曜日、午後9時からNHKスペシャルで「三島由紀夫 50年目の素顔」の放送がありました。
 
三島由紀夫さまが陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決を遂げられてから今年で50年を迎えました。三島由紀夫さまといえば、手前どもの団塊の世代にとっては「憧れの存在」でしたが、番組ではその三島由紀夫さまが自身の欠点に悩み、葛藤した裏の顔を描き出しています。
 
親交のあった三島由紀夫さまにボディビルを教えたコーチ、より深い「親交」があったといわれている美輪明宏さまや、三島由紀夫さまに自分の編集する雑誌への寄稿を頼んだ、作家で編集者の矢崎泰久氏や作家の瀬戸内寂聴さまがその思い出を語っていて、実に興味深い番組に仕上がっていました。
 
特に印象的だったのは、矢崎泰久氏のお話でした。ノーベル賞を噂されていた三島由紀夫さまに駄目モトと、矢崎氏は自分の編集する雑誌への出稿を頼みました。すると三島由紀夫さまは矢崎氏を呼び出し、近くの剣道の道場に誘ったといいます。
 
そこで矢崎氏にお面と胴衣をつけさせ、竹刀を持たせました。そして自分は面も胴衣もつけることなく「かかってこい」と気合いを入れたのです。ここで臆病風を吹かせたら原稿を書いてもらうことができないと、矢崎氏は無我夢中となって三島さまにかかっていったといいます。
 
ハッと気が付けばうちのめされて、道場の端に仰向けに倒れていました。慌てて駆けつけてきた三島さまが「大丈夫か、原稿は書くから。大丈夫か」と真剣な表情で声をかけてきたというのでございます。
 
石原慎太郎さまなどは「三島の肉体はハリボテに過ぎない」と酷評していますが、一方においては一撃のもとに撃退され、気を失ったという矢崎氏のような証人がいるのでございます。
 
没後、50年を経て石原慎太郎さまは文藝春秋をはじめとする雑誌で三島由紀夫さまの思い出を語られておられますが、そのいずれも「死人に口無し」をいいことに、もし本人が生きていたら冗談では済まない、名誉を棄損することもいくつか含まれています。
 
作家としては己に忠実にその事実を綴ったまでだということなのでしょうが、袖振り合うも他生の縁、と申します。一宿一飯の恩義を忘れ、「死人に口無し」をいいことに、あまりにも勝手な言いぐさはいかがなものかと三島由紀夫ファンの手前どもは釈然としない思いを抱いております。
 
NHKの番組を観ていて驚いたことがありました。
 
1960年代後半に三島由紀夫さまは、新宿にあった「どん底」という酒場に頻繁に訪れていたというのでございます。
 
当時、お店で三島由紀夫さまの接客を担当していたバーテンダーは「三島先生はお店に入ってくるなり、いつも片腕を出してはボディビルで鍛えて握り拳のように盛り上がった筋肉を見せ、どうだい、と自慢げにしていました」との証言をされています。
 
驚いたのは、こうした三島由紀夫さまの所作ではありません。それと同じ時期に、手前どもは同じ酒場の「どん底」の池袋店でバーテンダーとして働いていたからでございます。
 
ひょっとして池袋の「どん底」の店にも三島由紀夫さまが顔を出される機会があったなら、遠くからでもお目にかかれれば一生の記念になったものをと残念に思われたのでございました。
 
その頃はカウンターだけの洋酒バーが大流行でした。
 
会社帰りに彼女や仲間を誘い、洋酒バーのカウンターでカクテルグラスを傾けるというのが、都会人の粋な生き方とされていたのでございます。
 
お店を訪れるお客も、そうした….

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