「ファンタスティックにまいりましょう」

昭和40年代に入ると日本の赤い灯青い灯がともる巷に、空前の洋酒ブームが巻き起こりました。仕掛けたのはサントリーやニッカといった洋酒メーカーでした。折からの高度成長で戦後の焼け野原からようやく立ち上がり、未曾有の経済的豊かさを手にした日本のサラリーマン、労働者がターゲットになりました。コンパや洋酒喫茶と名付けられたそれらの店のウリは「女性客の飲み物代は無料、あるいは半額」というものでした。

女性たちを特別に優遇し、それをコマセにして金払いのいい酔客の男どもを餌食にしようという戦略です。

これがあたって日本の夜の巷に「洋酒喫茶、コンパ」が林立し、一夜のアバンチュールを求めて男女の客が押し寄せたのです。

その頃千葉県柏市に米軍の「ゾウの檻」と称される通信基地がありました。そこでは極東で飛び交う共産国諸国の通信傍受が行われていて、100人足らずの進駐軍の兵隊さんがそのコミュニケーション基地に勤務していましたが、彼らは夜になると「いい女と安い酒」を求めて、その洋酒酒場に足繁く通ってきたのです。

また、そのヤンキー兵士を求め紅毛碧眼好きの日本女性も姿を現し、柏の洋酒酒場はさながら一夜限りのお見合い場の様相を呈していたのです。「若い米兵を相手にできる発展場」の噂は関東周辺の好きモノ女性たちに鳴り響いたようで、ある日、横須賀から柏までイキのいいボンレスハムを求めてやってきた50歳過ぎの日本女性がいました。聞けば彼女は戦争未亡人で朝鮮戦争でアメリカ人の夫を失い、その亡夫をどうしても忘れられず、柏までその面影を求めてやってきたというのです。

面影などといってもそこは…

 

 

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