「クレーマー同士のファミレス対決」

 

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東京五輪の開会式が行われました。57年前の華やかな東京五輪の開会式のパレードをテレビ観戦で知る手前どもにとっては、いささか趣向が地味に感じられました。
 
開会式にかけた予算は165億円といわれております。あの程度の内容で165億円も使ったのかとなんとも合点がいきません。
 
もっと日本の今を象徴するような工夫がなかったものかと残念に思われてなりません。
 
こうしうた行事は何をやっても批判をされるものですが、それにしても、なんとかもっと知恵を働かせ国の威信をかけた催しをやることができなかったものかと納得がいかないのです。
 
たとえば日本にはティラノザウルスの恐竜を今の時代にそのままの大きさで蘇らせ、動き回らせることができるエンターテイメントの技術があります。
 
ああした恐竜を新国立劇場に「1ダース」ほど出現させ、相馬の馬追いの武者たちと立ち回らせたならば「復興五輪」に花を添え、どれほど世界中のテレビ観戦している人々の度肝を抜いたかしれないと、無念でなりません。
 
あるいは世界に知られている「ゴジラ」や「キティちゃん」や「ポケットモンスター」を最新の技術で国立競技場に降臨させるといった手もあった筈でございます。
 
昔ながらの木遣りと、わけのわからない酔っ払いと見間違う踊りの集団の舞いなどをいくら披露しても、世界の人々の頭の中には「?」マークが灯るだけとなっていたのではないでしょうか。
 
たとえば市川海老蔵さまのシーンなども、もう少しちゃんとした舞台を設け、バックに多くの歌舞伎役者を揃えて壮大なスケールのものとして見せたならば、さすが日本の伝統芸能と世界から称賛をいただけたのではないでしょうか。
 
全体の構成が不統一でいま一つ感動が湧かなかったのは、演出者の開会式における熱量の少なさが禍いしたのでは、と考えます。
 
どんな人選が誰によってなされた結果なのでありましょうか、日本のエンターテイメントの創造する力がこんなものだと思われたことが、実に残念でなりません。
 
が、手前どもが唯一感動したのは長嶋茂雄監督の登場シーンでございます。
 
20年に及ぶ闘病生活を経て、聞くところでは今回の東京オリンピックの開会式出演のために特別なトレーニングメニューを作られ励まれたそうでございます。
 
痛々しい姿をわざわざ見せなくても、との批判の声も一部にはあったようでございますが、手前どもは長嶋監督のあの不屈のお姿こそが、スポーツの力を人類の皆さまに知らしめる絶好のものになったのではないかと考えるのです。
 
人間は誰でも、努力せずとも齢を取り、望んでもいないのに病に倒れるのでございます。が、そうした病に襲われ絶望しかなくなった時に、救い出すのは「希望」です。「希望」という光明があればこそ、もう駄目だと諦めかけた時、もう一歩だけでも前に進もうという勇気を振り絞ることができるのです。
 
スポーツの力はそうした「勇気」を私たちに授けてくれます。スポーツをすることで自分の体力と気力に対する自信を持つことができ、また、優れたアスリートたちが見せてくれる人間の可能性の限界への挑戦のオリンピックを見ることで、自分も同じ人間としてもう少し頑張ってみようと鞭が入るのです。
 
東京五輪の…

 

 

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